● 昭和40世代にとっての「クローバーフィールド」と「空飛ぶゆうれい船」

クローバーフィールドを見た。メインとなる本編の話が終わった後、ビデオの消し残しにあたる観覧車のデートのシーンで、遠くに映る小さな落下物を見てしまった。
あまりにもワケありな感じがして気になったので、家に帰ってから 検索して情報を探ってみたら、既に映画を観た人たちが、そんな描写が「あった」「なかった」といった議論を交わしていた。

ちなみにそのビデオの日付は4月27日と、実際に私たちが見に行った日と偶然同じ。何かの縁を感じてしまった(笑)。
※ここでちょいと説明
すでに知られているようにこの映画は全編一般人がビデオで記録したテープという設定。もともと4月27日の彼女とのデートを撮ったテープに、5月22日の怪物出現の記録を上書きしているということになっているので、時々、録画のつなぎ目などで4月27日の平穏無事な様子が流れるのである。

参考→2月8日の日記参照 http://wonder.pepper.jp/2008/02/

というわけで、
映画はそこそこに楽しみつつ、帰ってからまた↑2月の日記でもふれたタグルアトのHP http://tagruato.jp/history.php(閉鎖)などをネットサーフしていくと、さまざまな情報を発見。

参考→https://theriver.jp/tagruato-hidden-message/

※追記 全編日本語のこの動画が、本国での公開前に話題に。英語じゃないから意味も分からないだけによけいザワついたのでしょう。他にも関連するサイトやらその他の動画の数々。映画本編はそれなりの(アトラクション的)面白さだけど、その裏には壮大なストーリーが隠されていることがわかってきた。書くとキリがないのと、ネタバレになるのでこのへんで。。。(と終わらせるつもりだったが、気付いたら呑みながら以下を書き足していた)
コドモの頃のかすかな記憶に残っているマンガアニメ「空飛ぶゆうれい船」(上部予告参照)とかなり似ている気がしてきた。
例のプロデューサーJ.J.エイブラムスは、この映画「クローバー~」について、以前家族で日本を訪ねたときに、コドモとキディランドで見た「ゴジラ」がヒントでした、と公言していて、実際にゴジラ円谷へのオマージュが随所に感じられたが(例のドキュメントタッチなので音楽はエンドクレジットの時のみだが、そのメロディー音質はあのゴジラ風)、でも、それ以上に「空とぶゆうれい船」を元ネタにしている気がしてならないのである。
しかも、それは本人にとっては指摘されたくない部分なんじゃないかな? という気さえしてくる。「こっそりとオマージュしてます」的な。ゴジラはそのスケープゴートだったりするのではないでしょうか?
その他の「空飛ぶゆうれい船」の画像

幼稚園に入るか入らないかの頃、この「空飛ぶゆうれいせん」のお絵かきノートとかソノシートとかが家の中にいっぱいあったのを憶えています。当時は夏休みとかにTV放送もしてた気がするが(だからこそかろうじて記憶があるというワケ)、その後は滅多にお目にかかる機会もなく、懐かしネタなどでもテレで取り上げられる機会は非常に少なかったようなので認知度も低いようですが、原作は石ノ森章太郎でスタッフには宮崎駿の名前。なんだかこの作品、自分の脳裏の中に深く刻まれているみたいです。

ちなみに巳年丙午世代は、ジブリが一世を風靡するかなり前からこの作画タッチが染み込んでますよね。ど根性ガエルとか侍ジャイアンツ、ハイジ、青いジャケットのルパン三世……。

 J.J.も66年生まれの丙午。世代は一緒。
なんだか、国は違っているとはいえ同じ時代の空気を吸っている者同士の感性というか、何やらがビンビン感じられたのだ。
「クローバーフィールド」の映画を観ただけではわかるはずもないんだけど、「空飛ぶゆうれい船」に出てくる「ボアジュース」(Click!)みたいな展開がこの先の「クローバーフィールド」続編に待ち構えている気がしてしまう。いろんなサイトを見てしまうと、どう考えてもそんな気がしてならないのである。
たしかに、映画「クローバーフィールド」だけをみると、怪物がNYを襲う様子を素人のビデオカメラが取った、やけにリアルな記録映画風のアトラクションもの(乗り物酔いに注意!)に過ぎなくて、いわゆる「ブレアウィッチ・プロジェクト」の大都市・大怪獣編でしかない。
ただ、例のタグルアトのホームページ(英語)を見ていくと、日本企業の行き過ぎた研究開発によるエラーで生物が巨大化してしまっていて、それを企業と国が隠蔽している……みたいなことが背景にあるみたいなことがわかるようになっているのである。
しかもそのタグルアトの子会社にはSLUSHO!っていう名前のジュース飲料の会社(Click!)もあって、映画に出てくるあの怪物は日本の女性かもしれない、ということまで連想できるのです。吉田noriko? 吉田ガヌの母親??? などなど。
映画になった部分以外の背景がこれだけWeb上にあふれているというのも何とも興味深い。
あと、ボアジュースの会社はクロシオ社。SLUSHO「スラショー」と発音が似てる。
ん~、これは無理があるか(笑)。
と、ここまで想像が飛躍するのは、もはやビョーキか?
でも、こうやってあれこれ考えるのが実におもしれー!!!
ヒントはそのSLUSHO!のページ(Click!)の中の[歴史](左から5つめの水玉)にありました。(英語なので勝手に面白いように解釈しちゃってるのかもしれませんケド、なんかNoriko Yoshidaのことが気になってしょうがない)

● クローバーフィールドを見てきた

映画は、アトラクションみたいなものだったが…

クローバーフィールドを見た。メインの話が終わった後、ビデオの消し残しにあたる観覧車のデートのシーンで、遠くに小さく映る落下物を見てしまった。気になったので検索すると「あった」「なかった」などと議論が交わされている。
 
ちなみにそのビデオの日付は4月27日と実際に私たちが見に行った日と偶然同じ。
何かの縁を感じてしまった(笑)。
※すでに知られているように映画は全編一般人がビデオで記録したテープという設定。もともと彼女とのデートを撮ったのが4月27日で、5月22日の怪物出現の記録を上書きしているということになっているので、時々、4月27日の平穏無事な様子が流れるのである。
帰ってからまたタグルアトやいろんなキーワードでHPをサーフしていくと、さまざまな情報を発見。映画がさらに面白くなってきた。
映画本編はそこそこの面白さだけど、そこには壮大なストーリーが隠されていることがわかってきた。書くときりがないのと、ネタバレになるのでこのへんで。。。
(と終わらせるつもりだったが飲みながらいろいろ書き足してしまった!)
続きは、→[ニッキ改めメモ]の4月27日付記事参照 (Click!)

● ノースポートへ

午前中、朝っぱらから近所の本屋へ。
なんとルイス・サッカーの「穴」を文庫で発見。
三人三様、本を買い込む。計5冊。
結局、買いはしなかったが、コドモはクローバーフィールドのノベライズもの?を熱心に立ち読み。いろいろと面白い情報をゲットした様子。
帰ってから、おもむろに映画行こう!ということに。。。
当日券じゃ割高なので、シッカリ前売りをゲットしてからノースポートへ。
乗り物酔い注意の例の映画「クローバーフィールド」だ。

● 地球の未来を正しい方向へ導く「預言者」

1965年12月29日に撮影スタジオにモノリスの出来栄えを見に行ったA.C.クラーク(左)とS.キューブリック。

「2001年~」は、1964年4月にキューブリックが「語り継がれるSF映画を作りたい」とクラークに話をもちかけたことをきっかけに原案を2人で練り、映画と小説の両方の製作がスタート。3年もの紆余曲折を経て物語が組み立てられ、「出版前に映画公開はしない」という約束にもかかわらず、68年4月にアメリカで映画が公開。出版はその3ヵ月後の7月だった。

アーサー・C・クラーク氏、スリランカで死去 (Click!)
 残念でなりません。朝一会社でPC立ち上げて思わず大声出してしまいました。これまでの功績と年齢を考えると決して早すぎるとはいえませんが、でもやはりもっと生きていて欲しかった。
 興味の無い人にとっては単なるSF作家に過ぎなかったかもしれませんが、氏の著作から伝わるメッセージ、科学に対する知識と見解は、平和のために世界中全ての人が耳を傾けるべきだったのではないかと思います。(平和のためというとちょっとニュアンスが違ってしまいそうだナ? 安定のためといった感じだろうか?)
 未来の描写、宇宙の描写はいつも科学的根拠に基づくもので、テクノロジーの発展に大きな影響を与えています。小説家といいつつ、その影響力は地球規模にデカい。実際にNASAの方が後から付いてくる程といわれています。
 毎朝インターネットで新聞の見出しをチェックするような現在のような日常も、1960年代の短編や、有名なところでは「2001年宇宙の旅」(1968年)なんかに出てきます。それも夢の装置とか魔法の箱的な感じではなく、その仕組みを詳細かつわかりやすく。「新聞社ごとのコードは憶えているのでさくさくと地球で起こっていることを見出しだけで確認していく」みたいな描写はまさに現代のインターネット。最近の版では当然「電子新聞」とか「ニュースパッド」と訳されていますが、初期の版では「訳がみつからなくて困った」ことを訳者があとがきで告白している。(うちにもかなり初期の版の文庫があったはずなのだが見つからず)
 そもそも、静止軌道上の衛星間通信という発想は、氏が45年(西暦だ!)に科学雑誌「Wireless World」に寄稿した論文がきっかけで、後年実用化されることになった。
 読めば読むほど、世界は氏の書いた未来像に近づいているということがわかるのです。ウィリアム・ギブスンやフィリップKディックなんかとはベクトルが違う面白さ。未来の描写、未知の宇宙の様子がリアルに感じられるのです。2001年シリーズでは宇宙の描写、地球外生物の描写もかなり魅力的です。
 ……なんて堅苦しく書いてしまいましたが、もっとも残念に思うのは、氏のあとがきが読めなくなることだったりします。まっとうなファンからは怒られてしまうかもしれませんが、氏のユーモアのセンスは抜群。年取ってさらに面白さが増していただけに本当残念です。
 小説本編もいいけど、実はあとがきや、版を重ねるたびに書き加えられる前書き、そして「失われた宇宙の旅2001」のようなコラムタッチの文章がとても粋なのです。そんな粋な文章を書く人が一人減ってしまいました。(訳者にも感謝)
 今日で小学校を卒業したコドモも、ちょうどマイブームで「2001年~」から「3001年~」、「幼年期の終わりに」までをも読了したばかり。悲報を伝えると驚いていました。
 もしもあの世の世界があるとするならば、“あの世”の正体を知った彼の執筆活動はますます磨きがかかっていることでしょう。そんな、その後のある世界を期待してしまいます。 R.I.Peace…
※数百年後には、地球の未来を正しい方向へ導iいた「預言者」として語り継がれているかもしれません。

2001:A SPACE ODYSSEY (c)1968