こんな風にコメントしていただいて嬉しい限り。


西荻窪MJG

ロックカフェでジミヘンとか

好きな食べ物:イチゴ

ジミヘンと言えば。。2007年の年賀状

昨日は結構貴重なレコードを拝めると評判の「カフェMJG」へ。
前職時代に大変お世話になり、レコード収集家としても知られる元東芝EMIの植村さんが西荻窪にオープンしたお店。
普段の活動圏からは程遠いところですが、お風呂の洗剤を買いに出掛けた足をぐ~んと延ばして行ってきた。西荻窪周辺の某スーパーマーケットは、500円でクルマを夜12時まで停めておけることがわかったのだ。(買い物しなくても24時まで500円でOK!)
ただ、車なのであの西荻窪界隈を素面で通すというのはちょっとした冒険ではありましたが(良さげな赤ちょうちんが乱立)、まずはふらっと「偵察&ご挨拶」がてら覗いてきました。https://twitter.com/uesunmjg

マスターに聴かせてもらった、1968年のサイケデリック豊潤期の逸品として教えてもらったAORTA(エイオータ)のリマスター盤が、Googleプレイミュージックで見つかったので、帰り道の環八渋滞中のBGMに。便利な時代~。
タワーレコード1店分ほどのアルバムが手中にある喜び。
しかも「OK Google」って言えばいろいろかけてくれる。
でも、アナログプレーヤーでスピーカーから出す音にはとてもかないませんケド。

1986年と2018年のセプテンバー

1986年9月のメモ。

引越し(1年前!)でいろいろ出てきた。
別途、先に出てきた紙焼きの写真と照合してみたところ、大学の仲間と一緒に用賀にあったプレストンウッドへ行った時の事と判明。あの写真はそういう日の写真だったのか!
それにしても19歳が20歳になる時の話だとは!!

BTTFのマーティー風に言えば「ママ痩せてる!」

逗子の宅地エリアにある蕎麦や

近道でアジャパ山に踏み込むと…

一瞬で時代も場所もわからなくなる

そして2018年のこの日は昭和10年女とクルマでスイ~っと逗子へ行って蕎麦を食べて、そのあと家に帰ってから歩いてアジャパ山を越えて久しぶりにソレーユまで。キャンプ番長のとこでゆんたく。

りくママ手料理!

多摩の奥地から倅も合流し、りくママの料理をつまみながらおしゃべりおしゃべり。吞みながら寝ちゃったりとか10年前から変わらないスタイル(笑)。そうそう、草食男子が増えた理由を遺伝子進化論的に説明するという倅の話もなかなか面白かった。
燃焼系の黒烏龍茶みたいなのをぐびぐび飲んでから全身トランポリンをやって(一人用の小さいヤツではなく)、内臓脂肪を燃やせば簡単に腹を引っ込められるハズ~という俺の理論は支持率ゼロ(笑)。

足柄方面へ

旧友に付き合ってもらって足柄方面へ。
そして、Google先生に案内してもらって御殿場のとらやへ。
平日だったけど席が埋まってて、休日は激混みの人気スポットっぽい。http://www.toraya-kobo.jp/guide/

14回目の美しが丘中学校同窓会

例のごとく美しが丘中学校2期生の同窓会当日は、昼下がりからゼロ次会と称した事前打ち合わせ。

タクとナガちゃんと団地のじゃぶじゃぶ池で待ち合わせ。小さな愛車に大男二人と楽器を詰め込んで、まずは北川酒店へ。

楽器詰め込んで北川酒店へ(C)Shin-Chan

リハ用のガソリンGET

写真ほとんど撮れず(>_<)

8月下旬の命日は「さんまのまんま方式」で連日来客。。。

ショーゴ

ケンミママ(AYAKA姫のハハ)

KTN家、MZW家、そしてK/Coの大学時代の親友アマノが一緒にウチにいるという!

 

TVには呑み仲間のリュージ(笑)

TVには幼き頃のAYAKA姫

 
bst

26日は、ハセ、チャンの大学時代の友人2人と、K/Co曰く「愉快な仲間」の地元PTA仲間3人がほぼ同時に到着。それぞれお互いが初対面にもかかわらず、ハセが芸人のように話を回してくれて場が盛り上がり、そこに昭和10年女も話に加わり、にぎやかにぎやか。アゴが疲れるほど笑い過ぎて、この日はすっかり写真を撮り忘れてしまった!

「一番好きな映画は?」とチャンに聞かれた昭和10年女の回答は「ゴッドファーザー」というのも初耳で、さすが百戦錬磨のインタビュアー。こういったこともK/Coが導くコラボ吞みならではでしょう。

今日、4周年記念のイベントで3丁目カフェへ。ここへ行ったときは地元のフリーペーパーを漁るのがちょっとした趣味。で、いくつかの中に見つけたこの「~新聞のステキを伝えるパンフレット~JOURNAL」というA2_8頁の新聞。何でも横浜市大の学生が作ったもので、帰りがけに寄ったスタバで読んでたら廣田新聞の廣田会長が全身写真付きで出てきたりして、よくできてたので思わず日記メモ化。
Yahooニュースにも取材していて、コドモたちに新聞(紙・Web問わない新聞としての)の役割の大切さを伝える内容で、さっき「よくできてて~」なんて書いたけどそんな上から目線でクオリティを問いたいのではなく、そのコンセプトに大きくシンパシーを感じ「そうそう、そーゆーこと」と「激しく同意」って気持ちになったのである。
oricon時代、最初は音楽エンタメ業界の軽いところから始まり、続いて「重いわけではないが決して軽薄ではない」音楽業界のインサイダーマガジンの編集でエンタメ業界のエグゼクティブの重鎮の話を誌面化するという経験を経て、さらに当時はまだ競合も少なく社内でも初めての試みとなるWebニュース編集部の立ち上げを経験してきたが、このWebへの転換期に競合として意識したのが、他の音楽雑誌やテレビ局ではなく、新聞社を徹底的にマークしたことはとてもイイ経験で、勉強にもなった。で、何より自分自身、中1の時の文集作りで味わった「面白い情報を人に伝える楽しさと満足感」という仕事に繋がっていく。まさに今読んでた「新聞のステキ」を実感していたのかなぁ、という気もしてくる。
で、この「JOURNAL」の話に戻ると、クレジット見て驚き! 取材・編集指導・制作に、桐蔭や聖ヨゼフ学園などの取材でお手伝いさせていただき、しかもついさっきまで3丁目カフェで一緒にお酒を吞んでいたビタミンママのWさんじゃないですか! ヴィックリです。

ロックスターではなくビジネスマンとしてのジーン・シモンズを取材中(2002年くらいか?)