1965年12月29日に撮影スタジオにモノリスの出来栄えを見に行ったA.C.クラーク(左)とS.キューブリック。
「2001年~」は、1964年4月にキューブリックが「語り継がれるSF映画を作りたい」とクラークに話をもちかけたことをきっかけに原案を2人で練り、映画と小説の両方の製作がスタート。3年もの紆余曲折を経て物語が組み立てられ、「出版前に映画公開はしない」という約束にもかかわらず、68年4月にアメリカで映画が公開。出版はその3ヵ月後の7月だった。
アーサー・C・クラーク氏、スリランカで死去 (Click!)
残念でなりません。朝一会社でPC立ち上げて思わず大声出してしまいました。これまでの功績と年齢を考えると決して早すぎるとはいえませんが、でもやはりもっと生きていて欲しかった。
興味の無い人にとっては単なるSF作家に過ぎなかったかもしれませんが、氏の著作から伝わるメッセージ、科学に対する知識と見解は、平和のために世界中全ての人が耳を傾けるべきだったのではないかと思います。(平和のためというとちょっとニュアンスが違ってしまいそうだナ? 安定のためといった感じだろうか?)
未来の描写、宇宙の描写はいつも科学的根拠に基づくもので、テクノロジーの発展に大きな影響を与えています。小説家といいつつ、その影響力は地球規模にデカい。実際にNASAの方が後から付いてくる程といわれています。
毎朝インターネットで新聞の見出しをチェックするような現在のような日常も、1960年代の短編や、有名なところでは「2001年宇宙の旅」(1968年)なんかに出てきます。それも夢の装置とか魔法の箱的な感じではなく、その仕組みを詳細かつわかりやすく。「新聞社ごとのコードは憶えているのでさくさくと地球で起こっていることを見出しだけで確認していく」みたいな描写はまさに現代のインターネット。最近の版では当然「電子新聞」とか「ニュースパッド」と訳されていますが、初期の版では「訳がみつからなくて困った」ことを訳者があとがきで告白している。(うちにもかなり初期の版の文庫があったはずなのだが見つからず)
そもそも、静止軌道上の衛星間通信という発想は、氏が45年(西暦だ!)に科学雑誌「Wireless World」に寄稿した論文がきっかけで、後年実用化されることになった。
読めば読むほど、世界は氏の書いた未来像に近づいているということがわかるのです。ウィリアム・ギブスンやフィリップKディックなんかとはベクトルが違う面白さ。未来の描写、未知の宇宙の様子がリアルに感じられるのです。2001年シリーズでは宇宙の描写、地球外生物の描写もかなり魅力的です。
……なんて堅苦しく書いてしまいましたが、もっとも残念に思うのは、氏のあとがきが読めなくなることだったりします。まっとうなファンからは怒られてしまうかもしれませんが、氏のユーモアのセンスは抜群。年取ってさらに面白さが増していただけに本当残念です。
小説本編もいいけど、実はあとがきや、版を重ねるたびに書き加えられる前書き、そして「失われた宇宙の旅2001」のようなコラムタッチの文章がとても粋なのです。そんな粋な文章を書く人が一人減ってしまいました。(訳者にも感謝)
今日で小学校を卒業したコドモも、ちょうどマイブームで「2001年~」から「3001年~」、「幼年期の終わりに」までをも読了したばかり。悲報を伝えると驚いていました。
もしもあの世の世界があるとするならば、“あの世”の正体を知った彼の執筆活動はますます磨きがかかっていることでしょう。そんな、その後のある世界を期待してしまいます。 R.I.Peace…
※数百年後には、地球の未来を正しい方向へ導iいた「預言者」として語り継がれているかもしれません。
残念でなりません。朝一会社でPC立ち上げて思わず大声出してしまいました。これまでの功績と年齢を考えると決して早すぎるとはいえませんが、でもやはりもっと生きていて欲しかった。
興味の無い人にとっては単なるSF作家に過ぎなかったかもしれませんが、氏の著作から伝わるメッセージ、科学に対する知識と見解は、平和のために世界中全ての人が耳を傾けるべきだったのではないかと思います。(平和のためというとちょっとニュアンスが違ってしまいそうだナ? 安定のためといった感じだろうか?)
未来の描写、宇宙の描写はいつも科学的根拠に基づくもので、テクノロジーの発展に大きな影響を与えています。小説家といいつつ、その影響力は地球規模にデカい。実際にNASAの方が後から付いてくる程といわれています。
毎朝インターネットで新聞の見出しをチェックするような現在のような日常も、1960年代の短編や、有名なところでは「2001年宇宙の旅」(1968年)なんかに出てきます。それも夢の装置とか魔法の箱的な感じではなく、その仕組みを詳細かつわかりやすく。「新聞社ごとのコードは憶えているのでさくさくと地球で起こっていることを見出しだけで確認していく」みたいな描写はまさに現代のインターネット。最近の版では当然「電子新聞」とか「ニュースパッド」と訳されていますが、初期の版では「訳がみつからなくて困った」ことを訳者があとがきで告白している。(うちにもかなり初期の版の文庫があったはずなのだが見つからず)
そもそも、静止軌道上の衛星間通信という発想は、氏が45年(西暦だ!)に科学雑誌「Wireless World」に寄稿した論文がきっかけで、後年実用化されることになった。
読めば読むほど、世界は氏の書いた未来像に近づいているということがわかるのです。ウィリアム・ギブスンやフィリップKディックなんかとはベクトルが違う面白さ。未来の描写、未知の宇宙の様子がリアルに感じられるのです。2001年シリーズでは宇宙の描写、地球外生物の描写もかなり魅力的です。
……なんて堅苦しく書いてしまいましたが、もっとも残念に思うのは、氏のあとがきが読めなくなることだったりします。まっとうなファンからは怒られてしまうかもしれませんが、氏のユーモアのセンスは抜群。年取ってさらに面白さが増していただけに本当残念です。
小説本編もいいけど、実はあとがきや、版を重ねるたびに書き加えられる前書き、そして「失われた宇宙の旅2001」のようなコラムタッチの文章がとても粋なのです。そんな粋な文章を書く人が一人減ってしまいました。(訳者にも感謝)
今日で小学校を卒業したコドモも、ちょうどマイブームで「2001年~」から「3001年~」、「幼年期の終わりに」までをも読了したばかり。悲報を伝えると驚いていました。
もしもあの世の世界があるとするならば、“あの世”の正体を知った彼の執筆活動はますます磨きがかかっていることでしょう。そんな、その後のある世界を期待してしまいます。 R.I.Peace…
※数百年後には、地球の未来を正しい方向へ導iいた「預言者」として語り継がれているかもしれません。
2001:A SPACE ODYSSEY (c)1968
