JELLY FISHをオンエア中。
先週の火曜日、はじめてDJなんてのをやってみた。
ま、レコードではなくCDなので、ゴシゴシ擦ったり、MASH UPさせるようなテクニックは特に必要なし。言うなればBGMの係りみたいなものだ。小学校の時の放送室を思い出した。
でも、こういうBGM係りってのは、嫌いではない。むしろ大好きで、振り返れば、小学校の頃は、放送委員でもないのにお昼の放送中の放送室にもぐりこんでなんかしゃっべっていたり、大学1年の頃スタジオ・ジャイヴィーでバイトしていた時は、大量のカセットテープ(!)を持ち込んで、客が反応してくれそうな曲をかけて、お客さんとの会話のきっかけを作ることが密かな楽しみだったりした。
ま、レコードではなくCDなので、ゴシゴシ擦ったり、MASH UPさせるようなテクニックは特に必要なし。言うなればBGMの係りみたいなものだ。小学校の時の放送室を思い出した。
でも、こういうBGM係りってのは、嫌いではない。むしろ大好きで、振り返れば、小学校の頃は、放送委員でもないのにお昼の放送中の放送室にもぐりこんでなんかしゃっべっていたり、大学1年の頃スタジオ・ジャイヴィーでバイトしていた時は、大量のカセットテープ(!)を持ち込んで、客が反応してくれそうな曲をかけて、お客さんとの会話のきっかけを作ることが密かな楽しみだったりした。
社会人になりたての頃(1989年)は、決算後の港営業所のキックオフ・パーティー(港まつり! 漁業組合みたいだ!)で、毎回音楽担当を任されて、前日には徹夜して120分テープに曲を録音したりしてた。みんなが知っているわかりやすいメジャーな選曲の中にこっそりと当時大好きだったフェイス・ノー・モアやレッチリなんかも混ぜたりして、「不思議な音楽だねぇ」なんて上司に言われたり(笑)。
……ミクスチャーやオルタナティブなんて言葉が一般的に使われるようになる全然前の頃の話だ。それに普通のサラリーマンの間では、DJといえば深夜ラジオのディスクジョッキーという感覚がまだ一般的だった時代。今のように1曲ずつ再生する機材もなく、事前に曲順を考えてカセットテープに仕込んでたワケだ。
そういえば、その数年後に訪れる自分の結婚式やその2次会でも共にそんなテープを自ら作ってたっけ。DJっていうかテープBGM職人だな。
収録時間ぴったりに編集することに、やりがいを見出していた頃(笑)。
同世代の人なら共感してくれる人もいるでしょう、きっと。
「EPIC」スタジオライブ 1990.12.26
「Easy」 ライオネル・リッチー(コモドアーズ)のあの曲です。
「Easy」 ライオネル・リッチー(コモドアーズ)のあの曲です。
